• 文芸出版七十年

一期一湯 都内湯屋巡り「千代の湯」(中野区・中央)

新中野から徒歩で行く。途中の高千穂建設の屋上に据えている大工人形がおもしろい。新調された下足箱と便所。厠のドアはスペースの関係で半分が凹み半分が凸る型。有線放送で流れる昭和二十年代?の歌謡曲、ほとんど知らない曲ばかり。ロッカーの鍵には名刺大の黄札付き、勿論裏側に「盗難防止のため身につけてください。盗まれても責任は–」とある。座るプラ桶は、なんと奥の従業員の入り口前に積まれている。湯殿から眺めれば男側の天井は低く、女湯は天女が舞えるほど高い。湯船は常温・高温の二つ。定番の富士山はスリムで大きく広がる海、手前に大小二つの小岩が赤い紐で結ばれ、その小岩の上に小さな鳥居。場所は西伊豆・雲見の風景という。四人掛けミニサウナは無料で、遠赤外線はアセロラ色に輝く。
浮世の垢を流し外に出れば、向かいに駄菓子屋だっただろう廃屋が無残な姿を曝している。昭和時代に子供たちが集った日々を思えばとても悲しい。そうは思いつつも、酒精・ヴァッカスを求め脚は勝手に中野へむかう。
(2013・卯月)