• 文芸出版半世紀

一期一湯 都内湯屋巡り「寿湯」(中央区・築地)

 築地本願寺より数分、築地市場からも近い。脱衣していると、七十代と思われる方がお互いに「こんばんは」と声を掛け合う。地域の、町内会などの長年の知り合いなのだろう。定番の富士山はなし、水風呂もなし、タイルの壁画は水色の空間に生け花の絵模様が描かれている。ゆっくりとつかり、カルピス色の湯の効用を楽しむ。湯あがりによく見るとガラス戸に大島のヤシの実のポスターが貼ってあった。ドライアーは三分間・二十円、懐かしの「タイムトロン」。女湯から年増同士の寒さについてのあいさつが聞こえてくる。カレンダーはやっぱり地元の鮮魚卸会社「第一水産」製。
 湯あがり私の「どうも」の返答に、番台から「ありがとうございました」と店主が声をかけてくれた。これが一期一湯、互いの別れの一言。隣の酒屋は、廃業しているのか缶ビールは買えなかった。ここから隅田川を渡れば、「勝どき湯」までそう遠くない。
明治初期から三十年間、治外法権下の「築地外国人居留地」であったためこの辺りは江戸と異国の文化を結ぶ窓口であった。しかし教会や洋館の立ち並ぶ異国情緒も、その大半は大正十二年の関東大震災で焼失したという。         (2013・師走)