• 文芸出版七十年

一期一湯 都内湯屋巡り「福の湯」(新宿区・高田馬場)

 古風ゆかしい傘箱、昭和の時代にはどこにもあったのだろう、上下に一本ずつ入る番号札付き。この湯屋では支払いを済ませ、下足札を番台に差し出さないと脱衣ロッカーの鍵を受け取れない。つまり荷物が多い時にちゃっかり、こっそり二つ分のロッカーを利用しようとする手が使えない事になる。都心の銭湯は天井が低く富士山の絵もない。曜日により薬草・生薬・コラーゲン風呂が楽しめる。いつもの黄色のケロリン桶が新たに作られないという。半世紀にわたって鎮痛剤「ケロリン」の広告を載せていた睦和商事が近年事業を休止したからだ。
この銭湯には奇妙な仲間がいる。哲学的風貌のパンサーカメレオン、彼は?遠い故郷を懐かしみ、眼孔と喉仏をゆっくり反芻させている。高値の丼ぶりとは無縁の電気うなぎ、オオミユビトビ? ハムスターの兄弟のような鼠、ピラニアなどが、福の湯の顔としてガラスケースの中から我々を迎えてくれる。駅から十数分、この駅は高校・予備校・大学に通う乗換駅だったので早稲田に向かう古本屋街にも思い出がたくさんある。 (2012・師走)