• 文芸出版七十年

一期一湯 都内湯屋巡り「菊水湯」(文京区・本郷)

普通は裸になった脱衣所の向こう、ガラス戸越しに富士山がみえるだけなのだが、湯船からみると番台側に「富山からみる特等席の立山」が描かれている。二年前の六月に更新されたペンキ絵は、まだ新鮮な薫り?体を洗いつつ両側から迫る松林、海の青さと連山の雄姿は壮大である。富山県をPRする特大ポスターも掲げてあり、この湯屋と何か縁があるのだろう。考えてみれば富山の二文字は富士山に含まれる。ガラス戸の脇には小さな水槽が三つ、しなやかな肢体の口細集団、小ぶりの金魚群、吸盤でへばりつくかいつぶり?がそれぞれ私の裸を眺める。番台で陣取る女将さんは我らの安心・安全を心がける。テレビでは大砂嵐と遠藤が盛り上げる大相撲春場所。
さて湯上り、中年の男が老体をふいてあげていた。周囲から「親孝行だね」とひやかし?の声。照れる息子。幸せは何処にあるのか、皆の笑顔に包まれた今日の菊水湯、ここにはある。風呂上り、水道橋までの帰路、ゆっくり鐙(あぶみ)坂を登れば金田一京助・春彦の旧居跡という史跡案内板。それ以前には明治期に五千円札の才女、一葉先生も本郷に住んでいた。遠い昔に菊畑があったというこの地。菊という名の下で、時は流れ人は過ぎ去る。 (2014・如月)
 追記:2018年、解体されるこの湯屋を友人小西健治君がPDFで送ってくれた。